夏池篤(なついけ あつし)
展示場所;遊木の森
略歴
1980 愛知県立芸術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了
1954 三重県生まれ
展示活動
1976~ 第50回国展[東京都美術館]以後毎年出品
1981~83 第3.4.5回松阪彫刻シンポジウム[三重県松阪市]
1982 中日展[愛知県立博物館]
1984・85 アートスペース '84.'85[静岡市民文化会館]
1985 第17回現代日本美術展[東京都美術館]
個展[ギャラリー山口・東京]
1986 風景展[清水市民文化会館]
第2回茅沼彫刻シンポジウム[北海道釧路市]
個展[京二画廊・東京]
1987 現代美術フェスティバル in Shimizu[清水鈴与倉庫]
1988・91 静岡市招待作家展[静岡市民文化会館]
1989・94・97 個展[ときわ画廊・東京]
1989~93 A-Value展Ⅱ―Ⅵ[静岡県立美術館]
1990 県内美術の現況展Ⅱ[静岡県立美術館]
1990・94 第2回.第3回倉敷まちかどの彫刻展[倉敷市立美術館]
現代木刻フェスティバル[関市文化会館]
1991・93 個展[なびす画廊・東京]
1992 アートヒル三好ヶ丘'92彫刻フェスタ[三好ヶ丘公園]
1993 金属による立体展[ギャラリー発見・静岡]
1994 遍在する波動展[マニラメトロポリタン美術館]
磁場展[静岡カントリー浜岡コース カルチャーフロア]
1995 A-Value展Ⅶ[静岡県立美術館]
'95C.A.F展 [埼玉近代美術館]
1996 現代彫刻展 [菩提樹ギャラリー・静岡]
空間のコンテクスト展 [ギャラリー葉音・静岡]
Dripped A-Value展[アヤラ美術館・マニラ]
個展 [あらいギャラリー・修善寺]
1999 芝山野外アート展'99[芝山仁王尊観音寺周辺及び芝山公園・千葉]
2000 個展[秋野不矩美術館・天竜]
2002・04・07・09・11・13 個展[アートカゲヤマ画廊・藤枝]
Contemporary Art & Design Works[Suan Dusit gallery・Thailand]
2003 第20回現代日本彫刻展[宇部市野外彫刻美術館]
2004 CAVE展[ギャラリーCAVE]
2005 日本タイ彫刻シンポジウムin Chiang Mai <企画/展示>[ チェンマイ大学美術ギャラリー・タイ]
5つの記憶と距離展[富士芸術村・富士]
Burg Namedy-Kunst im Park 2005[Andernach/Germany]
夏池篤 海野光弘 二人展[島田博物館分館]
2006 拡張する彫刻ー 岐部琢美・夏池篤展[ギャラリーCAVE]
2007・08・11 静岡アートドキュメント<企画/展示>[静岡市青葉公園 2007][駿府公園 2008][舞台芸術公園 2011]
2009 タッチ・ザ・アート展[秋野不矩美術館・天竜]
105人の時間展[グランシップ前芝(学生との共同制作)]
2010 日泰交流展[ギャラリーCAVE]
2011 夏池篤展[フェルケール博物館ギャラリーコーナー]
2012 国立済州大学60周年記念韓国・中国・日本交流展[済州道立現代美術館]
2013 アートトリップ静岡2013<企画/参加>[各作家アトリエ]その他
Works
(1)往復便
2011年12月3日―11日
会場:舞台芸術公園_野外劇場「有度」
静岡空港開港時における立木問題は静岡県の方であれば誰もがご存じかと思います。その立木を譲り受ける機会がありました。そして、その木で作ることの出来たのは飛行機しかありませんでした。プロジェクターにより金谷―舞台芸術公園往復のフライトシミュレーションが投影される中を会期中木製フレームの飛行機が飛び続けます。
(2)時間の雨
2011年9月5日(月)~11日(日)
アートカゲヤマ画廊
DVD、ブルーレイレコーダーに取って代わられ過去のものとなってしまったビデオテープ。この延々と繰り出されるテープは、過去の膨大な記憶であると同時に視覚化された時間でもあるが、今となっては社会に溢れ出る厄介者の一つとなっている。
天井にセットされた50本のカセットは低速モーターにより極ゆっくりとテープを床まではき出していく。そこに国内三カ所の風景をテープ越しに壁面に映写する。それは版画東海道五十三次の雨のシーンで知られる神奈川県の大磯、三重県の庄野、滋賀県の土山の推測できる現在の場所を撮影したものである。
密かに伸びるテープは現代社会に忍びよる不安を思い起こさせ、その黒い雨は版画の美しいシーンを流し去るかのように延々と床に広がってゆく。しかしこのテープ、そのまま回り続けるのか、それとも逆転し時間を逆行するのか、ある時点で偶然がプログラムされている。それは交流モーターが一時停止した時点の磁石のわずかな位置の違いによって決まる。
近代化の名の下に繰り返されてきた大量消費とそのあげくの大量破棄の流れは、もう許されないところまで来ていることをすでに皆が感じ始めている。そしてその流れを押しとどめ、再生に目を向ける様々な動きが目立ってきている。しかし社会という欲望の渦の中にあっては直ちにその方向を修正することは難しいかもしれない。作品のテープの流れが僅かなスタンスの違いによって切りかわるように。
(3)From Printer
2011/8/7~8/29
ギャラリーcave(日泰交流展)
かく多くの電化製品が山のように捨てられていく昨今であるが、とりわけ消費期限の短い情報関連機器においてその流れはとどまるところを知らない。当方もpcからの出力ポートの無くなったRS232C仕様のモノクロプリンターは処分せざるを得なくなった。グーテンベルグ以来の印刷媒体とデジタル情報の仲立ちを請け負うこの機械はいつまで人類に必要とされるのだろうか。今回は絵や文字という意志伝達のための記号をひたすら印字するために統率されてきたプリンターの部品を、アートにおける意志伝達のための部品として日の当たるステージに上げてみた。
(4)いのちのかたち
アルミニウム、LED、振動スイッチ 等
h30×w250×d250cm
2007年11月
こころの風景
有機ELシート、鉄、IC 等
h60×w180×d180cm
人間が手に取り心地よいと感じるかたちのひとつに卵形がある。人類は卵から生まれてきたわけではないが、鳥類の産んだその形の中には生命が存在し細胞分裂を繰り返した後赤ちゃんが誕生することは、経験的に知っている。それゆえに、卵形を見た瞬間、手に取ったその時、たとえそれが形だけのものであったとしても、そこにあたかも生命が内包されているような錯覚に陥りぬくもりを感じる。ところがそのような形がわずかに変形したものでその卵のもつイメージとまったく相反する感覚を我々に呼び覚ますものがある。例えば弾丸、砲弾といった人間の命を奪う死のイメージに結びついたものである。今回は、卵形の持つ二面性に焦点をあてた。床面に無造作に置かれた10個の多様な卵形の作品は鑑賞者が自由に揺らしたり、転がしたりすることができる。そのとき中にある振動スイッチが揺れに伴いon-offし、青と赤のLEDが発光する。その点滅と発光色による変化は、見る人の心の在りようによって相反する状況や感情を想起させることになるのである。それは生と死、怒と無関心、喧騒と静寂、活気と停滞、戦争と平和といったものであろうか。
今回のシリーズでは、さらに上方に紙飛行機10機を円環状に吊るして並べた。幼年期に紙を折り飛ばした記憶は殆どの人が持っているのではないか。そしてそこには各人の紙飛行機をめぐるノスタルジックな思い出があるはずである。今回はこの紙に代えて有機ELシートを使用し、IC(半導体集積回路)で制御することで10台の紙飛行機が順次発光し、高速で飛行するかのように展示した。そこには幼年期のゆったりと空を飛ぶ紙飛行機の面影は無く、例えるなら高速で飛来するアメリカの偵察ジェット機のステルスを思い起こさせるものである。ここでは郷愁の中にあるのんびりとした紙飛行機の記憶と、テクノロジーにより情報化された同一の形象は鑑賞者の感覚を宙吊りにし、予定調和的な鑑賞における了解を排し、見るものに新たなビジョンを提案するものである。
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